茶道人.com編集部[著]
今から500年前に生まれて、侘び茶”を大成した高名な茶人千利休が豊臣秀吉から切腹を命じられ、この世を去りました。千利休は、天下人豊臣秀吉の側近でもあり、豊臣秀吉が織田信長から継承した「御茶湯御政道」のなかで多くの大名にも影響力を持っていました。しかし、秀吉との関係に不和が生じ、最後は切腹へと追い込まれたのでした。
当時の日本では、切腹は武士にだけ許された刑で一般市民(農民や町民)は切腹が許されていませんでした。しかし、利休は弟子の蒔田淡路守の介錯によって見事な切腹をしました。しかし、茶人であった千利休が、なぜ切腹をしたのか、諸説あり、定まっていないそうです。
利休の命日だからこそ、当日の文化について深く学んでみてはいかがでしょうか?
なお、利休や戦国時代を学ぶには最適な本が出版されました。その名も「お茶と権力―信長・利休・秀吉―」です。是非、読んでみてください。