断熱という工夫が当たり前になりつつある現在人の住居感覚からすると、隙間風の入る茶室は、冬向きだとも思えないであろう。しかし、茶室には暖房機器が備え付けられている。炉とは、囲炉裏のことだと言ったら、この趣旨を理解していただけるであろうか。
畳が敷かれた床の水平面よりも下で火が燃やされることによって、暖気は室内に広がりやすくなっている。さらに炭火の温かさは、遠赤外線効果という言葉は知らなくても、古くから日本人が実感していたのだろう思わせる。
囲炉裏が近くにあるのは、お客様に対しても特別待遇であることを、平安宮廷から清少納言に証言してもらおう。
冬は、つとめて。
雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜のいと白きも。
また、さらでもいと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるも、いとつきづきし。
昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。
清少納言は、冬は、早朝がいい。雪が降っている早朝は、言うまでもないけれども、霜が真っ白におりたのもいい。また、雪や霜がなくてもとても寒い早朝に、火を急いで起こして、炭を持って行くのも、大変似つかわしい。昼になって、寒さがだんだん薄らぎ暖かくなってゆくと、ほったらかされた火桶の火も、白い灰になってしまっているのは、似つかわしくないと述べている。暖房器具としては、火桶が部屋にあるだけで、炭火を入れるのは、早朝に入れてもらったらそれっきりで、放ったらかしにされているのがうかがわれる。
茶席では、炉に火が入れられたら、客の退席までそれが絶やされることはない。また、早めに火を入れて釜をかけておき、炉の熱が部屋全体を温めるように配慮して客をむかえる。その上で、炭点前が行われる。
炭火が燃え尽きるのを残念に思う清少納言が炭点前を見たら、きっと喜んでくれただろう。なにしろ、火が白い灰になる前に、亭主が客前で炭火を調整してくれているのだから。
さらに、炭点前を拝見するという口実で、炉の炭火の近くに寄れるというのも、「冬を暖かに」感じさせる演出であろう。それに加えて、釜からの湯気も暖かさを感じさせてくれる。
寒い時に温かい飲み物が体を温めることはいうまでもない。点前にも、暖かい季節の風炉の場合とは、変化が見受けられる。
一番顕著なのは、「中蓋」と呼ばれる所作であろう。点前では、茶を点てる前に、茶碗を一度温める。そのために釜の蓋を取る必要がでてくる。風炉の点前では、開けた釜の蓋は、そのままで茶を点てる所作進行するのに対して、炉の点前では、茶碗を温めるための湯を汲んだら、蓋をしめ、茶を点てる直前で再び蓋をとっている。
釜の蓋をとったままですることで、釜の湯の温度が下がることをさけるための工夫である。釜の蓋を閉める所作は、客に対して亭主の配慮を視覚化される効果もある。
釜の蓋をとった時に、立ち上がる湯気から感じる暖かさは格別であり、その時に、釜から湯気が十分に立ち上がらないと釜の煮えが十分でないことが、一目瞭然となってしまうのである。また、わざと口の大きな釜を用意したりもする。
茶碗を温める所作にしても、熟練の亭主は、茶碗がほんとうに温まっているかを手のぬくもりから感じながら所作している。物理的に言えば、茶碗の中に熱い湯を大量に、長時間入れておけば、それだけ熱量が茶碗に伝達される。現代人ならば、カップ麺に湯を注いで、「三分間待つ」という行動でもお馴染みであろう。しかし、茶碗が冷えているからと言って、湯を入れてそのままじっと待っているというのでは点前にならない。茶碗に湯を入れたら茶筅を湯の中に入れて、茶筅の穂先を調べて温めるという所作が、「茶筅湯じ」として組み合わせられている。その所作を行うことで茶碗に湯の熱が伝わる時間も確保されるわけであるが、寒い時は、所作を丁寧に行うことで、十分に温もりが伝わっている感じが所作から伝わってくると熟達した亭主という感じがする。
もちろん、湯の温度を下げないためには、炭火を十分に起こしておくのであるし、茶碗も点前で持ち出す前に十分に温めておくという準備の方が、実質的に温かさを確保するために寄与する割合は高いといってしまえばそれまでである。
しかし、客にはその配慮は見えない。客に見える点前の所作の形で伝えるということが、「暖かに」ということではないだろうか。温度の温を使った「温かい」が、客観的物理的な物差しであるとすると、日差しを含めて感ずる暖の字を使った「暖かい」は、身体と心で感ずる暖かさということになる。
利休七則として、「夏は涼しく冬暖かに」と二つをまとめて一箇条にしているものもある。
ここでは、あえて二つが独立して扱われている意味をくみ取ろうとしてみた。すると、現代人がとらえる物理的な涼しさ、温かさだけではなく、相手への心理的な配慮の必要が浮かび上がってきたように感じている。
著者紹介:田中仙堂
公益財団法人三徳庵 理事長/大日本茶道学会 会長。
著書に『近代茶道の歴史社会学』(思文閣出版社)、『茶の湯名言集』(角川ソフィア文庫)、『岡倉天心「茶の本」を読む』(講談社)、共編緒に『講座 日本茶の湯全史 第三巻 近代』(思閣出版)、『秀吉の智略「北野大茶湯」大検証』(共著淡交社)、『茶道文化論 茶道学大系 第一巻』(淡交社)、『お茶と権力 信長・利休・秀吉』(文春新書)など多数。