和道場

『お茶と権力 信長・利休・秀吉』出版記念対談  茶人田中仙堂×トレジャーデータ株式会社 取締役 堀内 健后氏【前編】

『お茶と権力 信長・利休・秀吉』に対しては、ビジネスマンに役に立つとの感想も寄せられています。今回は、「データ解析の世界をシンプルに、データでより良い世界を」をコンセプトに注目を集めているトレジャーデータ株式会社の取締役堀内健后氏(写真:右)をお招きしました。トレジャーデータ社の得意とするデータ管理という視点を切り口にして、茶道とビジネスの接点を探っていきます。本対談は、前編、中編後編の3篇に分けてお届けします。

茶道とデータ管理プラットフォームCDP(Customer Data Platform)の共通点とは?

田中:トレジャーデータが提供しているCDPについては、私も茶書のデータ管理で似たようなことを行ったと感じました。例えば、『山上宗二記』という茶書があり、この本には何種類もの写本があります。各写本の内容について調べるときには、単に写本だけを本を読むだけではなく、本についての研究や、他の研究者がどのような主張をしているのかなどについて調べます。その結果、収集した様々な情報を組み合わせ、自分の考えに落とし込んでいく必要があります。あちこちに点在している情報を組み合わせて、全体像を紡ぎ出していくというのは、CDPが実現できることに近いのではないでしょうか。

堀内:その通りです。そういう意味で、トレジャーデータのビジネスも研究に近いところがあります。デジタル社会が到来し、人の行動がデジタル化していく中で、企業がターゲットとする顧客はどのような人なのかを知りたい、というのがCDPの出発点です。様々なデータを収集し、そこから一つの像を作り上げるというのは、先生の研究に非常に近いと思います。また、それを行うのが非常に難しいという点も共通しています。『お茶と権力 信長・利休・秀吉』は、様々な情報を集め、解釈し、整理するというプロセスの成果だと思います。我々が古文書を直接読むことは困難ですが、こうして先生が分かりやすく整理して下さったおかげで、情報がより多くの人に届くようになります。

我々のビジネスでは、これをデジタルでやっています。そうすると、どのような人がどの記事を読んだのか、どのようなテーマに興味を示したかということが見えてきます。この対談も、ウェブサイトに掲載されれば、どのような人が閲覧したのかが分かります。そうした情報から、どのような人がお茶を習いたいと思っているのか、日本文化をもっと知りたいと思っているのかということが見えてくるのです。トレジャーデータは、そのような顧客理解をサポートしている会社です。

戦国時代のデータ活用

田中:実は信長はデータの人だったのではないかと思います。信長は、足利義昭を奉じて上洛した後に、「名物召し置き」と呼ばれる名物の強制買い上げを行いました。その際、具体的に、大文字屋が持っている初花、祐乗坊が持っている富士茄子というように具体的に指名しています。トレジャーデータのユーザー企業がクラウドで色々な情報をまとめ上げるように、信長も色々な情報を集めていたのです。持ち主からすると、なんで信長はそのことを知っているのだという驚きにつながり、油断できない、馬鹿にできないという印象に繋がったのではないかと思います。

堀内:信長には、新しい道具があったらすぐに活用するという才能があったのではないかと思います。お茶にしても鉄砲にしても、何か新しい道具があったらしっかり使って成果を出していますね。もし当時CDPのようなものがあったら、部下の微妙な変化を見逃すこともなく、謀反を起こされることもなかったかもしれません。

田中:現代はクラウドですが、当時は、日記が重要なデータベースでした。特に貴族にとっては、ある宮中の儀式に出て、何をやったかを詳細に書いておくことが、子孫にとって非常に貴重な情報になったのです。初めてこの儀式をやるときにどうしようかとなった時に、父から聞いています、前回はこうやった、と言える人がいたらこれは強いですよね。そのために、平安時代の貴族は、宮中の儀式でどうだったかということを日記に書き残して子孫に伝えていました。茶会記というのも、誰のところに行ったときにどのような茶道具があったのかというようなことを書いておくと、それが、誰々が何々を持っていたというデータベースになります。

堀内:我々は、それを電子的に貯めていくというだけのことであって、根本的には、当時のデータの活用と、現代のデータ活用の考え方は同じです。このようにデータを活用して、昔こうだったから今度はこうしようと、データをビジネスの世界で活用してもらえると、ビジネス上の様々な出来事が便利になり、また顧客にとっても良い体験に繋がると思っています。

禁中茶会から得られるビジネス上の教訓とは

田中:一方で、良いということは分かっていても、活用するためのハードルが高いと、諦めてしまう人はでてきますね。そうやって諦めている人が、トレジャーデータに頼むと簡単にできますよということがポイントになるのではないですか。

堀内:そこは非常に難しいのです。古い資料を読み解くのに、崩し字が読めないといけないように、新しいものを使うときには新しい技術がわからないといけません。黄金の茶室のような、誰もが認める明確な価値を出すことができれば良いが。分かる人にしか分からない古文書みたいな感じだと、活用が広がらないという課題があります。

仙堂 :秀吉の黄金の茶室は、お茶を誰もが貴重だと理解できる金という価値観に結び付けたという好例ですね。似たような事例として、禁中の茶会があります。天皇がなさることであれば、それは成り上がりが勝手にやっていることではなく、価値があることなのでしょう、理解されるように位置付けたわけです。

堀内:権威を使ってオーソライズさせたということですね。

仙堂 :その通りです。日本では、昔から「勅撰和歌集」があるように、文化をオーソライズするのは天皇家の役目でした。秀吉が禁中で茶会を最初に行おうとした時には、貴族たちは前例がないと文句をいったけれど、無理やり前例を作ってしまう。一度やってしまえば、それがやんごとなき前例となります。その結果、江戸時代に近衛家が開いた茶会に参加した人が、秀吉の禁中茶会を参考にするようなことになる。前例を作って、それがオーソライズされると、それが権威になるわけです。

堀内:新しいビジネスをやろうとすると、前例がないからと弾かれることが良くあります。秀吉のように、前例を自分たちで作っていけると良いですね。

*中編に続く