本年10月1日、三徳庵本部の新秧軒(東京・新宿区)にて、大日本茶道学会の創設者である田中仙樵の法要「仙樵忌」が執り行われました。下記は、その際に行われた大日本茶道学会会長の田中仙堂の講話から抜粋したものです。茶道人にとって、非常に参考になる話が詰まっていますので、一部をご紹介します。
本日は、仙樵忌の法要とともに、父である仙翁前会長の七回忌を迎えたことを契機に、父が曾祖父から受け継ごうとしたものを3つの切り口から探っていきます。具体的には、「著作活動」、「点前体系」、そして、「茶書」との3つに分けてお話します。
まず初めに、「著作活動」についてです。明治31年に大日本茶道学会が創立したとき、仙樵居士は『茶道講義』という本を出版し、茶道界で初めて活字による茶道の普及を行いました。その2年後、仙樵居士は『茶道学誌』というある茶道流派の機関紙を創刊しました。これも茶道界初の試みで、その後各流派の機関誌が創刊され、機関誌を中心に流派が広がっていくという動きに先立ったものです。
書名にもありますように、仙樵居士は、「茶道学」という言葉を使用して、茶道を文化・学術の体系として客観的にとらえようとしています。
また、『茶禅一味』という本を明治38年に刊行しています。この『茶禅一味』という本は、現在、国立国会図書館の近代図書ライブラリーの中で公開されたので、閲覧しやすくなりました。そのために、研究者からも関心を引くようになって、この著作に関して二つのことが言われるようになっています。一つは「茶禅一味」という四文字熟語を作って広めた最初の人物は、田中仙樵であるという指摘。もう一つは、利休の茶である「侘茶」を2文字の言葉で整理したのは、田中仙樵が最初であるという指摘です。
田中仙樵は、我々のお茶に関わりのある重要な概念を定義した人でした。お茶と禅は関係があるということは昔から言われていましたが、その中である種の重要な結び付きを整理したのが仙樵居士なのです。
当時は、禅に対して関心が高まってきた時期なので、禅とお茶が関係あるということになると、禅に対して興味を持つ人がそこに関わりのあるお茶というものにも関心を持つのではないかという意図をもって書かれました。
一方、仙翁前会長がまとめた『茶道の美学』、『用と美』、『茶の美と生きる』という著書の中には、禅については書かれていません。むしろ美という側面を強調しています。それは、父が戦後の焼け野原から仙樵居士と一緒にお茶を普及する、あるいは日本自体が復興していく中で、日本人が求めているものは何かと考えてみたとき、当時、人々は、美というものを求めていて、美術全集や美術館がたくさん世に出てきました。つまり、父は、人々が美というものが求められていることを感じる時代に、生きていました。その美というものとお茶の結びつき、人々の関心とお茶を結びつけ考えるというように、茶道をその時代にふさわしいコンセプトとして提示しました。
両者とも、時代時代で人々が、お茶に対して求めているものを届けること、その時代の人々の心の中に入っていくというような接点というものを考えていたのです。つまり、明治38年の時点では、仙樵の「茶禅一味」であり、戦後の父にとっては「美」であったと思います。
次に「点前体系」についてお話しましょう。仙樵居士は明治38年、建仁寺で台子十二伝真台子の点前を復活させる形で献茶を行っています。仙樵居士は、江戸時代以来の台子伝授を大日本茶道学会で洗練させました。ご存じの通り、本会ではいまでも台子十二伝を重視しています。それよりも重要なのは、そうした実践指導の中から「点茶七要」という評価の原則を示したことです。
仙翁前会長は、尚友、嘉友、遅月、賢友、立礼点茶(麗澤棚)、茶箱(風・雅・頌)と新たな点前を制定しました。これは、大日本茶道学会が独立した茶道流儀であることをわかりやすく示すために、必要と感じた側面があると思っています。中伝の習得に際して、「台子に向かう体をつくる」と述べています。
「点茶七要」の筆頭にもあげられた「身体」のあり方を見つめるのが大日本茶道学会の根本姿勢です。
そして、三番目に「茶書」との向かい合い方があります。
利休の聞き書きという形で『南坊録』を評価した仙樵に対して、『南方録』と書誌学的な批判を受け入れたのが父です。『南方録』のみに頼れないことを自覚した父は、創成期の茶の湯の精神を探るという姿勢で『山上宗二記』の研究を推進します。
個別の史料の評価については、研究の進展と共に変動していくものですが、学問的な立場を貫き、茶の湯の精神を追及していく姿勢は共通しています。
仙樵の何を受け継ごうとしたのかの父の真意は、具体的に何を行ったかを対比することによってしか理解できません。
その作業を行った今、大日本茶道学会の基本姿勢として、現代にふさわしい茶道のコンセプトと提示すること、「身体」を基礎にした点前体系を伝承すること、学問的に茶道精神を解明することが受け継ぐべきことだと考えます。
現代にふわさしい茶道のコンセプトとしては、「お茶から広がる和の世界」に加えて、AIにはできない非言語的なコミュニケーション能力を茶道では重視してきたことを提示したいと思っています。「身体」の問題は、その人の状態によって何に取り組むべきかが異なってくるので、一律にこれをいう言い方では済まないところがあります。その人をよくみて個別にアドバイスすると同時に、世の中に向かっては、点前に取り組む効用についても発信していきたいと考えます。
最後に、学問的に茶道精神を解明する点に関しては、いま、世界史と日本史の区別がなくなるなど、歴史教育が見直されています。対外交易等を踏まえた現在の日本史理解に沿った形で、茶が日本に定着した歴史を語りなおすことが、茶道への理解を定着させることにつながると努力してまいります。