日本の企業は、欧米に比べ、営業部門や製造部門ほど、広報部門を重要視しない時代が長く続いていました。ある時期までは、広報室は企業のゴミ捨て場と言われていとそうです。特に、日本経済を支えてきた製造業においては、かつては「良いものを作れば売れる」という概念が強く根付いており、その良さをどう伝えるのか、誰に訴求するのかといった手段に対する興味が薄く、その風潮は令和時代となった現在であっても、根強く残っていました。しかし、DX時代に突入した現在、ビジネスは共創により成り立つようになり、広報視点で社内のみならず、社外(社会)への情報発信が必要不可欠となりました。本コラムを通して、製造業における広報の在り方、有効な活用手段を1人称で伝えていきたい、そんな記事の掲載を目指しています。
Vol.0
その日は突然訪れた
コロナ禍となり、2年が経過した。帰国子女の私は、得意の語学力を生かし、オンライン営業のテクニックも習得、わが社の主力製品(自動車部品)の営業担当として、国内外に積極的な営業活動を行い、“そこそこのよい成績”を残していた。新年度を前に、「そろそろ昇給、昇格かな」…などと、どこか期待をもちながら、年度末の営業日報の整理をしていた。そんな矢先のことである。ある日、上長から呼び出され、わたしは「昇給・昇進」を確信して会議室へ入った。そして、その数秒後には、奈落の底に落とされることになったのだ。
「広報室 課長を命ず」
入社10年、時には、社内でのセクハラ、先輩からのパワハラ、同僚からの妬みなどもありながらも、なんとか、営業事務から這い上がり、花の営業1部の女性セールスウーマンとして充実した会社員生活を送っていた。そんな私に突き付けられた突然の思いもよらない辞令。「なぜ私が広報室に?」という疑問への回答ももらえず、いや、もらっていても覚えていないまま、ぼっ~と自席に戻っていました。そもそも、「わが社に広報室があったのか」というくらい、私には縁遠い部署で、どのフロアーに“その室”があるのかもわからない。それくらい存在感がない。この10年間で広報にお世話になったのは、製品の価格改定があった時、カタログの増刷を依頼する時など数えるほどしかない。その時も、“面倒くさいことばっかり言っているコストセンター”と言うイメージしかない(心の中では、営業が売上を上げているから、存在しているのではないか!!誰のおかげでお給料もらっているんだ!というのが本音)。“製品名が英語と日本語で混在している”、“略称表記はダメ”、“どこに何部資料配るのか”など小さなことばかり言ってきて、むしろ私には、「こんな仕事しかしていない人が会社にいるんだ」と、疑問だらけであった。そんな部署に私が行くことになるとは、予測だにしておらず、頭の中は、混乱の嵐となった。そして、明日からは、その部署への出勤を控えていた‥
Vol.1 社員も知らない謎の部署 広報室に配属
~初仕事はニュースリリースの作成~
配属、そして、初仕事を命じられる
広報室は、最上階の社長室の隣にあった。広報室が何階のどこにあるのかすら知らなかった私が、広報室が社長室の隣に位置するその理由を知ったのは、後になってからである。私の同期には広報担当はおらず、おそらく広報室がどこにあるのか、何をしているのか知らない社員も多いはず。出勤初日、まず、席に座ると同時に、自己紹介もままならないまま、上司から、「ドイツの大手部品メーカーA社の製品を取り扱うことになったから、現地から発信されたニュースリリースと、前にうちが出したニュースリリースを参考に今回のリリースを作っておいて、今日中に!」というオーダーがあり、関連する書類を渡された。「まあ、しょうがない。やれるだけがんばってみよう」と意気込んだ。しかし、英語の原文は理解できたが、自分が携わってきた製品ではないこともあり、ニュースリリースの作成は難航した。すぐにお昼になり、気づくと夕方になっていた。悪戦苦闘の末、取り合えず形にして上司に提出したが、瞬く間に真っ赤かな赤字で加筆修正だらけになったその原稿はもどされた。
重要なのは、5W1H、そして根拠のない過剰表現は言語道断!?
営業時代に培った“売れるチラシ”テクニックを駆使し、「どこよりもすばらしい自動車部品〇〇〇を販売している△△モーターが、近々、ドイツのA社の世界一速く走ることができるエンジンをリリース。」というリードの原稿を作成したが、まずはここから、思いっきりダメ出しがでた。ニュースリリースには、「5W1Hの要素が入っていなければならない、それを逆三角形の形に落とし込む」というテクニックをこってり説明された。「それなら先にそれを言ってよ!」という私の文句は、「過去のものを見ていないのか?」という反撃にあい、即座に撃沈させられた。また、営業担当者視点では、「リリース」とは、新たな製品が販売開始される時に頻繁に使っていた言葉であり、営業部では「リリースする」は日常茶飯事に使用されていたが、一般的には社会で通用しないという。販売開始、提供する等という言葉がそれにあたるのだという。とんだ“リリース違い”である。そして、根拠の記載なく「どこよりもすばらしい」、「世界一速い」などと軽々しく使用してはいけないというのである。営業担当としては、その製品に誇りをもって販売している。であるから、当然どこよりも素晴らしいし、世界一なのである。そんな自負がなければ、売れなかったが、この広報部では、そこに根拠が必要なのだというのである。
製品の販売につながるチラシとは似て非なり
私はこれまでも、広報室の存在を知らなかったこともあり、クライアント企業へのプレゼン資料やチラシは自分で作成し、配布してそれなりの成果を上げてきた。ある文章力にはある程度自身があり、パワーポイントの表現力にも人には負けないと自負があったので、まさか、ここまでダメ出しをされるとは思っていなかった。正直、私のチラシの方が何倍も良さが伝わるのではないかとさえ思った。また、一番腑に落ちなかったのは、「何台の販売目標を掲げている」という製品の販売目標を記載するということ。1台販売するのに営業担当がどれだけ苦労しているのか、コロナ禍となり、営業活動にも様々な制約が入るようになり、また、半導体不足もあって、製造現場は3交代で機会を回している。それでも納期遅れが‥・、どれだけ現場が苦労しているのか、そんなことを考えると、広報担当になったからと言って、浅はかに目標を入れる、もしくはそれを販売担当に入れさせるなど、そんな酷なことできやしない。そんなことを1広報担当者として現場に聞けない、聞いても答えが分かっているから聞かないという選択肢を選んだのであるが、そのことが、上司をこっぴどく怒らすことになったのである。
販売目標を入れることは必須事項なの!?
「ニュースリリースに販売目標を記載することは、企業として製品を世に投じるにあたっての責任であり必須事項である」と上司は言う。それにより、ニュースリリースを見た新聞や雑誌、オンラインの記者が、どのくらいの規模のビジネスを考えているのか、企業の本気度を問い、市場に対するコミットメントを図る指標になるのだ。私は、この日までニュースリリースというものが、メディア向けの資料であることを知らずに過ごしていた。会社のホームページに載せるだけではなく、広くメディアに配布し、新聞や雑誌、オンラインメディアに掲載していただくための資料だったのだ。つまり、資料を一目見て、ある程度の内容が把握できるような簡潔なタイトルをつける必要がある、そして、本文とは別に、製品やサービスがひとめでわかるような画像や図表を入れる、さらには、客観的な第三者的な報道視点で書く必要があるということを学んだ。また、部長は「ニュースリリースを浅はかな気持ちで出す社員が多すぎる」こともおおいに問題視していた。そもそも、新製品でもなく、すでに一部のメディアや広告、ホームページで掲載されている情報をニュースリリースとして発信することができないということを知っている社員はきわめて少ないという。メディア向けの会社からの公式文書であることを理解しなければならないのである。記者クラブへの投函と言う工程もあるが、それにはもっと奥深い話があるのでまたの機会に説明することにする。私は、この会社にニュースリリースを書く、それをメディアに発信する、そんな仕事があったことも含め、広報室の勤務初日は驚きと発見、そして落胆の連続で終わった。
大きな難関!!ニュースリリースの社長チェック
翌朝、私が書いた原案など、ほぼ活かされることなく、ニュースリリースは完成した。それをもって、私は部長とともに社長室に出向いた。入社10年目にして初の社長室である。1000人以上もいるわが社では、社長と一般社員の距離は近いとは言えない。私は、営業担当時代に表彰されたことがあるが、社長とは、年に数回、事業方針説明会で説明する人…程度の認識の社員がほとんどにちがいない。そして、社長はニュースリリースをチェックしながら、部長に行った。「この目標値は無理があるよ。消したら」。私は、内心「そうだそうだ」と思ったが、部長は断固として社長に目標値を入れる必要性を説き、社長を納得させた。広報部長がそこまでできるのかと私は驚いた。というのも、営業部長は、社長の言うことは絶対服従であり、私は営業担当時代にそれが組織たるものだと教え込まれていた。「社長が1億と言っているから1億円なんだ、社長がタヌキといえば、それがレッサーパンダであってもタヌキなんだよ」というのが口癖だった。しかし、広報部長は違った。社長を理解・納得させ、それに従わせることができたのである。社長室を出ると、「これが広報室の役割だ。会社を守るため、社会に会社を正しく理解してもらうには、社長を説得しなければならないことも多い。毎日がこの繰り返しである。ニュースリリースに限らず、社内外に出ていく資料を社長と共有し、発信の許可をいただく、そのために、広報室は社長室直下なのだ」、だから、社長室の隣に広報室があるのだということ知ることになった。
それ以降、ニュースリリースの作成、社長チェック、社外への発信という仕事が私の日常になった。そこで学んだのは、社外に発信し、メディアで露出していただくということもたいへんな業務ではあるのだが、「どうしようもない社内の事情」というものもその任務を遂行するには大きな障壁になることがあるということである。
社内の事情を突破しないと、良いニュースリリースにはならない!