製造業広報室の本音

広報室奮闘記 ~ある製造メーカーでの出来事~ Vol.3

日本の企業は、欧米に比べ、営業部門や製造部門ほど、広報部門を重要視しない時代が長く続いていました。ある時期までは、広報室は企業のゴミ捨て場と言われていとそうです。特に、日本経済を支えてきた製造業においては、かつては「良いものを作れば売れる」という概念が強く根付いており、その良さをどう伝えるのか、誰に訴求するのかといった手段に対する興味が薄く、その風潮は令和時代となった現在であっても、根強く残っていました。しかし、DX時代に突入した現在、ビジネスは共創により成り立つようになり、広報視点で社内のみならず、社外(社会)への情報発信が必要不可欠となりました。本コラムを通して、製造業における広報の在り方、有効な活用手段を1人称で伝えていきたい、そんな記事の掲載を目指しています。

Vol.3 大きな記事が掲載された喜びも束の間、社内外からクレームの嵐

「怒りの電話を受ける」

その日は、先日実施した取材の記事が朝刊に出る日であった。いつもより、1時間早い出勤。広報室には、毎日交代で「新聞当番」がおり、早朝から新聞をチェックし、役員に報告することになっている。自社の記事はもちろん、競合企業、系列の企業のみならず、自動車業界全般の記事をクリッピング(記事を切り、台紙に張る作業)し、広報室長経由で、役員会議に提出されるのである。やはり、自動車業界は、日本の基幹産業なだけあり、1つの経済産業紙から、相当量の記事を切ることになる。最近では、近い領域の参考記事も切っており、半導体業界、ゴムタイヤ業界等も合わせて記事を切り取ると、新聞は跡形もなくなってしまうのである。加えて、オンラインでも記事チェックがある。当番の週は、相当量の作業になる。今週は当番週ではないが、自分が立ち会った取材の記事ということもあり、自主的にチェックのため、早出した。すでに、朝刊の約3分の一程度を占める記事は掲載されていることを想定していた。そして、会社に到着すると同時に、広報室長の電話が鳴り響いていた。電話に出ると・・・

「誰の許可を得て、一般市場で売上目標〇〇億円なんて言ったのかね!?」

烈火のごとく怒っている人が電話の先にいた。誰だか皆目見当つかなかった。その受話器を役員室から戻ってきた広報室長に渡すと、平謝りの様子である。その時点で、私は、先日の取材記事が原因となっていることなど、全く想像していなかった。

問題の真相

電話の相手は、系列の親会社(表現確認)〇〇〇自動車の広報室長。私たち〇〇モーターズは、この〇〇〇自動車の系列を企業であり、いわゆる、「ティア1」にあたる。この業界は古くからの“系列(ケイレツ)*”たるものがあり、その系列を発展させるため、その系列のために貢献しなくてはといけないという習慣が古くからあった。自動車部品メーカーにとっては、長期間にわたり、部品供給し続ける義務がある。そのため、部品メーカーに何かが生じると、自動車メーカーは部品の調達ができなくなることから、部品メーカーの経営状況も考慮して、継続的に仕入れをしてくれるという構造になっている。つまり、自動車メーカーは構造上、ピラミッドの頂点として、仕入先の経営状況、そしてそこで働く人の雇用全体に対して責任を負うことになる。そのため、よい時も悪い時も、助けたり、助けられたりする業界であった。今でこそ、この日本の自動車産業のヒエラルキー構造、垂直統合型の産業構造は、崩壊しつつあるが、当時は、大手自動車メーカー(完成車メーカー)の外資との提携や買収が始まったばかりで、まだ、その名残を受けていた。電話を終えた広報室長によると問題点は、①先日の取材記事に誤りがあったこと、②それは、目標額が実現不可能な大きな数値であったこと、③そして、系列外の一般市場のビジネスを拡大させるという誤解を与える表現があったことの3つに集約された。気づくと、この親会社のみならず。系列の各社、社内の事業部からの電話が鳴りやまない状態になっていた。

系列をもう少し解説

系列とは、自動車業界における自動車メーカーを頂点にした垂直統合型の企業間関係。自動車の部品メーカーで「トヨタ系」「日産系」「ホンダ系」といった区分を指す。自動車メーカーと部品メーカーが緊密な関係を保ち、特定の部品については系列内の企業に長期で継続的に発注し、新規開発についても共同で進めている。このように、日本の自動車業界は長年系列を重視し、発展を遂げてきたが、2010年代になると、この系列を強化するグループと、外資との提携や買収等により、逆に解消する系列が出てきた。

社長が言ったことでも絶対ではない

私は、学生時代から根っからの“メモ魔”である。確かに、社長はこのように言っていたはず、広報の秘密兵器、ICレコーダーの内容もチェックした。確かに数値は、一般市場と系列内ビジネスの総額を言っていたにもかかわらず、一般市場の目標ともとれる記事になっていたのは問題である。しかし、「〇〇〇自動車以外の自動車メーカーにも販売を拡大したい」というのは、何度も言っていた。そうしないと、市場が広がらないというのは、わが社の最近の目標でもあった。とは言え、会社の代表である社長自らが話したことである。何が悪いのか・・・と私は考えていたが、考える間もなく、社長は就任早々、言ってはいけないことを言ってしまったようであった。広報室長の指示で、訂正記事を依頼したが、数値の修正はすぐに対応されても、一般市場のビジネス拡大というタイトルの変更は叶わなかった。この記事により、株価は一時的に上昇し、コーポレートサイトへのアクセス数は、一気に伸びた。しかし、社内に“ハッピーな人”はいなかったようである。社長本人は、親会社に呼ばれ、事業部長も含め、事後処理に追われることになった。そして、このメディアは当面、当社へは出入り禁止となってしいまった。誰が悪かったのか・・・

今日の教訓③

  言うべきこと、言いたいことの発表可否は確認に確認を!